平安時代の「ねたし」は、本来の「相手の仕打ちや行為、あるいは、相手の優れた様子に対して、自分の負け(相手の優越)を悟った時の痛切な怒りに似た心的状態」という意味とともに、平安中期頃に自分自身の失敗に対しても用いられるようになり、さらに、平安中期末から平安後期初頭には、連体修飾語として「ねたしと思われるくらい素晴らしい」という意味で用いられるようになるなど、次第にその意味を広げていった。中世に入ると、平安時代にあった意味を狭めながらも、一方では、相手の恵まれた状態にあこがれるようなニュアンスを持つようになる。また、「ねたまし」という語形も出現し始める。