JaLCDOI | 10.18926/bgeou/1632 |
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FullText URL | 048_0197_0206.pdf |
Author | Inada, Toshinori| |
Abstract | 家集を編纂する目的には、我が歌道の営みを集大成して、後世に残すため、勅撰集などの撰歌資料として提供するため、あるいは、自己の詠歌理念に即した歌風を宣揚するためなど、種々なものがあろう。近年蒲生郡の豪族、蒲生智閑の家集は、約八五〇首を収録し、勅撰集的な部立構成をもつ、よく整理されたものであるが、その詞書を吟味してみると、不審なものが少なからず散見されるなど、奇妙な性格の家集であることが明らかになる。これを後人の作為とみて等閑視するのも見識かもしれないが、なぜ、このような家集を編んだのかという立場からみると、これはこれで考察に値する問題であるし、また、地方武士と文芸のありかたをさぐるためにも意味をもつだろう。こういった目標を念頭にしながら、以下、「蒲生智閑集」(以下「智閑集」と略称)の諸本や成立の問題に思いをいたし、その性格の一端を浮き彫りにしてみたい。 |
Publication Title | 岡山大学教育学部研究集録 |
Published Date | 1978 |
Volume | volume48 |
Issue | issue1 |
Start Page | 197 |
End Page | 206 |
ISSN | 0471-4008 |
language | Japanese |
File Version | publisher |
NAID | 120002305905 |