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ID 7826
Eprint ID
7826
FullText URL
K001609.pdf 280 KB
Author
木場 章範
Abstract
植物一病原菌間の特異性決定機構の解明は、植物病理学において最重要課題の1つである。このメカニズムの解明に向けて、エンドウ褐紋病菌と宿主、非宿主植物を用いて解析した。エンドウ褐紋病菌は柄胞子が発芽する際に抵抗性誘導因子(エリシター)と特異性決定を担う抵抗性抑制因子(サプレッサー)を生産する。サプレッサーはエリシターによって誘導される複数の防御応答を抑制(遅延)する。近年、サプレッサーの作用点の解析が進められ、宿主のATPase阻害にあることが判った。実際に、植物葉をサプレッサーで処理すると、宿主エンドウのATPaseのみが阻害されること、さらにはp型ATPaseの阻害剤であるオルトパナジン酸がエンドウの防御応答を抑制することが明らかとなった。しかしながら、数種の植物から調製した原形質膜画分のATPase活性は、植物種に関係なく阻害され、組織で見られた特異性は認めらなかった。これらの結果は、宿主特異性決定には植物細胞壁が重要な役割を担っていることを強く示唆する。そこで、本研究ではこれら病原菌シグナルの認識機構や植物一病原菌間の特異性決定における細胞壁の役割について解析した。褐紋病菌の宿主エンドウ、非宿主ササゲより細胞壁画分を調製後、NaClを用いて可溶化タンパク質を得た。11 種のマーカー酵素活性を測定したところ、原形質膜をはじめとする他のオルガネラの混入はほとんど認められなかった。細胞壁可溶化画分中には薬剤感受性、基質特異性、至適pH、二価イオン要求性等の諸性質が原形質膜ATPaseとは異なるATPase(NTPase)が存在することが判った。本細胞壁ATPaseは褐紋病菌のエリシターによって非特異的に活性化され、サプレッサーによって種特異的に制御された。さらにATPアガロースカラム、陰イオン交換カラムを用いて部分精製した細胞壁ATPaseもエリシタ一、サプレッサーに同様な応答性を持つことが明らかとなった。このことはエリシターの植物組織に対する非特異的作用、およびサプレッサーの植物の防御応答に対する種特異的な作用を反映しており、植物細胞壁が病原菌の認識と宿主特異性決定に重要な役割を果たすこと、さらには細胞壁ATPase自体かその近傍に病原菌シグナルの受容体が存在する可能性を強く示唆している。そこで0(2)(一)生成を指標に無傷エンドウ、ササゲ葉における防御応答について調べた。無傷葉における0(2)(一)生成はエリシターで5分以内に誘導されたが、サプレッサーによって種特異的に制御されること、また0(2)(ー)は非病原菌接種で生成が誘導されるが、病原菌接種では誘導されないことが判った。さらに、エンドウ、ササゲの細胞壁可溶化画分中にはNADH依存性の0(2)(一)生成活性が存在し、ATPaseとまったく同様に病原菌シグナルに応答性を持つ(エリシターで非特異的に活性化し、サプレッサーによって種特異的に制御される)ことが判った。 このことは無傷エンドウ、ササゲ葉における0(2)(一)生成と一致しており、エンドウ、ササゲ葉における0(2)(-)の生成に細胞壁が深く関与することが判った。また、O(2)(-)生成のみならず、エンドウ、ササゲの細胞壁可溶化画分中にはH(2)0(2)生成、パーオキシダーゼ、アスコルビン酸オキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素活性が存在し、このうちリンゴ酸脱水素酵素活性を除く活性は、エリシタ一、サプレッサーによってATPase と同調的に制御されること、さらにパーオキシダーゼは細胞壁ATPaseと精製過程における挙動が一致することが判った。このことから、病原菌シグナルの認識後、細胞壁における酸化、還元状態が速やかに変化すること、また酸化、還元状態の変化に必要な酵素群は細胞壁中で複合体(装置)を形成していることが推察された。このように病原菌シグナルの第一義的な認識の場は細胞壁であるものと考えられるが、多様な細胞応答に結びっくためには細胞壁で認識された情報は細胞内へ伝達される必要がある。そこで、細胞壁と原形質膜間の情報伝達系の検索を目的とし、細胞外マトリクスと細胞骨格の連結に関わる膜貫通タンパク質であるインテグリン様タンパク質の有無を調べ、エンドウの防御応答における役割について解析した。細胞外マトリクスとインテグリンの結合に関与するアルギニンーグリシンーアスパラギン酸(RGD) の配列を含む合成ペプチドはエリシターとの同時処理では有意な影響は認められなかったものの、前処理した場合には前処理時間の長さに依存したピサチン蓄積阻害が認められた。一方、RGDペプチドは原形質膜および細胞壁ATPaseを阻害することはなく、褐紋病菌サプレッサーとは作用は異なった。エンドウ原形質膜中にはインテグリン様タンパク質が複数存在し、それらのタンパク質中には細胞壁タンパク質、細胞骨格系タンパク質と相互作用する分子が存在することが明らかとなった。以上の結果からインテグリン様タンパク質を介した細胞壁一原形質膜(細胞内)間の情報伝達系が存在する可能性が示唆された。以上のように植物の細胞壁は病原菌シグナルの第一次作用部位であり、病原菌認識、宿主特異性決定、あるいはその後の防御応答に重要な役割を持つ可能性が強く示唆された。一方、エリシタ一、サプレッサーの受容体が細胞壁に存在することが想定されるがその実態については明らかではない。エンドウ褐紋病菌の生産するエリシターについては1分子が精製され、Glcsβ1-6Maα1-6Manの三糖がセリンを介してタンパク質鎖とO-グリコシド結合した、分子量70,000~140,000の高分子糖タンパク質であることが明らかとなっている(Matsubara and Kuroda 1986)。そこでエリシター活性の最小単位、さらにはエリシターの受容体を同定するためのプローブを検索することを目的とし、Glcβ1-6Manα1-6Manの三糖を単位とする9種の糖ペプチドを合成し、エンドウの防御応答に対する影響を調べた。エンドウの防御応答について調べた。9種の合成糖ペプ チドはピサチン蓄積を誘導したが、ピサチン蓄積誘導活性は褐紋病菌エリシターと比較して非常に弱かった。しかしながら、供試した9種の合成糖ペプチドのうちNo.2~9はエンドウ組織に局部的な抵抗化を誘導し、合成糖ペプチドNo.4~9はエンドウ組織表層におけるスーパーオキシドアニオン生成を誘導した。さらに、合成糖ペプチドNo.4~9はin vitroにおいて細胞壁画分ATPaseを活性化した。また、合成糖ペプチドによ る局部抵抗化スーパーオキシドアニオン生成の誘導、細胞壁画分ATPaseの活性化は合成糖ペプチドの分子量に依存している傾向が伺えた。以上の結果から、今回供試した合成糖ペプチドのうち特にNo.4~9はエンドウ組織表層における防御応答のエリシターとして作用することが判った。このことから合成糖ペプチドNo.4~9はエンドウの初期防御応答を解析、およびエリシターの受容体同定の有用なモデルエリシターとなりえるものと考えられる。以上の結果を総合すると、植物細胞の最外層に位置する植物固有のオルガネラである細胞壁が病原菌の認識、宿主特異性決定の場であり、さらには病原菌認識後の防御応答、あるいは防御応答誘導のための第二次シグナル生成の場として重要な働きを担うものと考えられる。また、エンドウ褐紋病菌はサプレッサーを分泌することによりエンドウの細胞壁ATPaseやそれと同調的に制御される酵素群の活性を阻害することにより、細胞内へのシグナルの伝達を阻止(撹乱)し、防御応答の発現を抑制(回避)することによって感染を成立させているものと推察できる。
Published Date
1997-03-25
Publication Title
Content Type
Thesis or Dissertation
Grant Number
甲第1609号
Granted Date
1997-03-25
Thesis Type
Doctor of Philosophy in Agriculture
Grantor
岡山大学
Thesis FullText
Thesis or Dissertation (See FullText URL)
language
Japanese
File Version
publisher
Refereed
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